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カテゴリー「PCパーツ回顧録」の10件の記事

2010年1月21日 (木)

PCパーツ回顧録番外 DX4 Over Drive Processer ~CPUを変えることはシステムを変えること

PCパーツ回顧録は、90年代2000年代のPCの変化のダイナミズムを追ったが、番外編は適当に。

DX4 Over Drive ProcesserはPentiumの前の世代のCPUである。

Dx400

OverDriveProcesserとは、386や486DXなど、DX4より前に売られたマザーボードで、DX4を使用するための、アップグレード用CPUのこと。
昔は簡単に差し替えができなかった。

そもそも、CPUを変えることは、チップセットを含めシステムを変えること、いうのがIntelの文化。

だから、チップセットやマザーボードも製造するIntelは、ソケットが同じでも、CPUの世代が違えば動かない、ということがPentium4※でもあった。
※NorthwoodからPrescottだったと思う。

それに対し、AMDやCyrixなど互換メーカは、さされば使えることが前提で、CPUを交換する文化がある。
だから、AMDは、チップセットに自社で固めたのも最近だし、マザーボードは作らない。

AMDは、Phenomと680Gのように、新しいCPUと古いチップセットの組み合わせ、Socket939と785Gのように、古いCPUと新しいチップセットもある。

2010年1月15日 (金)

PCパーツ回顧録 90年代、00年代を振り返る(後編)

前編の「駆け上る90年代」に続いて、多くのCPU、GPUベンダが倒産、買収、リストラにあった、「構造転換の2000年代」を振り返る。

  1. 2000年代前半~コンシューマがプロフェッショナルを追い越す
    • CPU
    • 2003年に、AMD64がWindowsでサポートが決定し、コンシューマ用のx86の拡張が、プロフェッショナルでも標準になる。
      Itaniumのリリース時、Pentium4の方が速かったように、パフォーマンスでもプロフェッショナルを追い越す。
      同時期、SunのSPARC、MIPSのR10000シリーズも、コンシューマに抜かれていく。
      ※2000年Athlon XPが1GHzに到達
      ※2003年64bitのAthlon 64がリリース

    • OS
    • 2001年10月のWindowsXPにより、コンシューマとプロフェッショナルが統合され、32bitに移行完了。
      プロフェッショナルのUNIXは、サーバ利用となり、クライアントはWindowsに置き換わっていく。

    • グラフィック
    • プロプライエタリなDirectXがOpenGLを追い越す。
      99年10月発売のGeForceからハードウェアT&L(ジオメトリ演算)がコンシューマにも搭載され、プロフェッショナルとの差が消失。

    • ネットワーク
    • 2001年にYahoo BBが開始され、ADSLによるブロードバンドがコンシューマに普及。

    • テクノロジトレンド
    • MPEG-2のキャプチャーとDVD-Videoの普及による、動画のエンコード。
      ※2005年2月にYouTubeがサービス開始。

      同時に、大多数のユーザが行う、ワードやパワーポイントでの文書作成や、インターネットの情報再生に対し、PCの性能が飽和する。
      こうした大多数のユーザは情報を作るのではなく、「消費する人」であるため、パソコンの性能向上を求めなくなった。

    • その他
    • ※プロフェッショナルに特化した企業は、開発費用と売り上げがバランスせず、規模の小さい企業は、倒産、リストラが相次ぎ、業界の構造転換が鮮明に現れた。

      • 1999年8月SGIがグラフィックス部門をnVidiaに移管
      • 2000年5月SGIがMIPSをスピンオフさせ、組み込み用途に特化
      • 2000年FireGLのベンダであるDiamond MultimediaがS3に買収、さらに、2001年3月S3はATIにFireGLを売却
      • 2002年Gloria、QuadroのベンダであるドイツのELSA倒産
      • 2002年3DlabsがCreative Technologyに買収、2006年にプロフェッショナル用グラフィックから撤退
      • 2004年Alpha(EV7z)が終了(98年DECはコンパックに買収)
      • 2004年12月IBMがレノボにPC事業を売却
      • 2005年SunのUltraSPARC T1は、特定ワークフロー用としてリリース
      • 2005年1月Itanium用のWindowsXPが終了
      • 2006年SGI倒産

      ※ワークステーションというカテゴリが消失
      ※2004年SATA2.0が策定され、ストレージでもプロフェッショナルとの差が消失。

  2. 2000年代後半~コンシューマに依存する新しいビジネスモデル
  3. コンシューマとプロフェッショナルで同じアーキテクチャを使い、コンシューマで生産ボリュームを稼ぎ開発費用を賄う、ビジネスモデルが確立する。

    • CPU
    • コンシューマとプロフェッショナルで、64bitのアーキテクチャが共用されたため、

      Intelでは、Pentium4、Core→Xeon
      AMDでは、Athlon、Phenom→Opteron

      のように、アーキテクチャを共有し、プロフェッショナル用には機能を付加するビジネスモデルになった。
      象徴的なのが、ノートPCとスーパーコンピュータが同じアーキテクチャを使用することだ。
      プロフェッショナル専業で生き残ったのは、エンタープライズ向けのOSからシステムインテグレーションまで一貫して提供するIBMのみ

    • OS
    • 2005年4月WindowsXPの64bit版が発売され、コンシューマでも64bit環境が整う。
      2009年10月Windows7により64bitが本格化

    • グラフィック
    • SIMD演算において、GPUのパフォーマンスがCPUを追い越し、GPUの活用が始まる。
      プロフェッショナル用のビデオカードも、CPU同様、GeForce→Quadro、Radeon→FireGL、とコンシューマ用を転用。

    • ネットワーク
    • 光ファイバーによるブロードバンドの一般化。
      ※2008年8月に光ファイバーの契約数が、ADSLを上回る。

    • テクノロジトレンド
    • エンコードやCGのレンダリング等を行う「情報をつくる人」は性能向上を求めるが、大多数の「情報を消費する人」にはPCの性能を活かすタスクがなくなる。

      「消費する人」のパソコンが、インターネットの情報再生端末としての、ネットブックである。
      ネットブックの性能は、2005年ごろのパソコンと同じ。

さて、2010年代前半はどうなるのだろうか。
確実なのは、ようやくコンシューマのOSが64bitになる。
64bit時代の幕開けだ。
やっと、新年のエントリにつながった。

PCパーツ回顧録は、単に古いパーツの紹介ではなく、業界の構造転換を象徴するパーツの回顧である。

2010年1月13日 (水)

PCパーツ回顧録 90年代、00年代を振り返る(前編)

90年代、00年代を振り返ると、大きな構造転換があった。
その根底にある大きな流れが、以下の2点である。

  1. 1990年代に、パフォーマンスリーダが、プロフェッショナルからコンシューマに移った。
  2. 2000年代に、プロフェッショナルとコンシューマの区別が減っていった。

それは、2000年代前半の、CPUベンダ、GPUベンダの買収、倒産、リストラに現れている。
前編は、コンシューマのパフォーマンスが、プロフェッショナルに追いついた、「駆け登る90年代」だ。

  1. 90年代前半~プロフェッショナルがパフォーマンスリーダ
  2. コンシューマとプロフェッショナルのパフォーマンスや機能の差が大きく、両者には明確な区別があった。
    コンシューマは、ワークステーションにあこがれた時代でもある。

    • CPU
    • コンシューマのDX4やPentiumと、プロフェッショナルのMIPSのR10000、HPのPA-8000、IBMのPowerでは、数倍のパフォーマンス差があった。

    • OS
    • コンシューマは、16bitのMS-DOS、Windows3.1、プロフェッショナルは32bitのUNIX、と機能とパフォーマンスに大きな差があった。 Windowsでも、Windows3.1と、NT3.51のように、コンシューマとプロフェッショナルで区別されていた。
      ※WindowsNTは、MIPS、Alpha、PowerPCとマルチプラットフォームをサポート

    • グラフィック
    • Windowsには、DirectXはなくGDIであり、OpenGLも使えないため、プロフェッショナルのSGIとでは、大きな差があった。

    • ネットワーク
    • コンシューマは、14400bpsから28800bpsのパソコン通信が主流で、プロフェッショナルのイーサネットとは大きな差があった。

    • テクノロジトレンド
    • テキスト、静止画、MIDIが主な利用。3Dや動画を扱うには、まだ、CPU、OS、メモリ、ストレージの全ての面で能力が不足していた。
      コンピュータの処理能力が上がれば、やりたいことができる時代である。

  3. 90年代後半~コンシューマがプロフェッショナルに追いつく
    • CPU
    • PentiumProから、CPU内部でRISC命令に変換するアーキテクチャにより、大きく革新。
      同時にパソコンの普及に伴う生産ボリュームの拡大で、プロセス技術も進歩。
      このアーキテクチャとプロセス技術の両輪により、コンシューマのパフォーマンスがプロフェッショナルに追いつき始める。
      AMDのサンダース元会長が、「真の男はFabを持つ」といったとおり、プロセス技術は非常に重要なのだ。

    • OS
    • コンシューマはWindows95により32bit化、プロフェッショナルは64bitのUNIXとまだ差がある。
      この時点で、Windowsは、コンシューマのWindows98を、プロフェッショナルのWindowsNT系に統合する方向性を決めた。

    • グラフィック
    • OpenGLがNT3.51からサポートされ、NT4.0においてNTワークステーションというカテゴリが生まれ、SGIのシェアを奪っていく。
      演算負荷の高いジオメトリ演算については、Intens3DやFireGL4000など高級機のみ搭載。
      コンシューマでも、Quakeの発売で3Dゲームが普及。
      ※1999年SGIがNTワークステーションを販売開始。

    • ネットワーク
    • 64kbpsのISDNが普及し、パソコン通信からインターネットへ変化

    • テクノロジトレンド
    • PCの処理能力を活かすタスクとして、3D CGがピッタリとはまり、3Dのブームが訪れる。

    • その他
    • ※コンシューマでも、DC-390Fのようにプロフェッショナル用のUltraWideSCSIの利用が可能になる。
      ※98年UltraDMAをサポートしたATAPI4.0により、コンシューマのストレージが向上。

90年代は、コンシューマの処理能力が駆け登っていった時代であり、新しいパーツに交換すると、はっきりと体感速度が上がった時代でもある。
PCの自作がブームになったのも、単にWindows95や98が発売されただけではない。
長くなったので、「構造転換の2000年代」は後編

PCパーツ回顧録 コンピュータの進む道を変えたAthlon64 3200+

このパソコンのCPUであるAthlon 64 3200+。

現役なので、回顧ではないのだが、記念すべき、コンシューマの64bitの幕開けである。
90nmの低発熱とオーバークロック耐性の高さで、2005年にブームを起こした。

また、2005年は64bitの始まりでもある。
※AMD64を基にした、WindowsXP Professional x64 Editionが2005年4月23日発売

2003年、AMDのx86の64bit拡張が、Windows標準となったことで、業界の構造転換が訪れた。

Intelの、プロフェッショナル用64bitのItanium(IA-64)と、コンシューマ用64bitのYamhillを駆逐した。

その結果、コンシューマとプロフェッショナルが同じアーキテクチャを使うことになったのだ。
※WindowsXPのIA-64版は2005年1月4日に終了

これにより、CPUとOSの両面で、コンシューマとプロフェッショナルの区別がなくなった。
端的に言えば、持ち運ぶノートPCとスーパーコンピュータが同じアーキテクチャを使うことになった。
※スーパーコンピュータのパフォーマンス第1位のJaguar、第2位のRoadrunner、第3位のCray XT5、はいずれもOpteronを使用。

さらに、ワークステーションというカテゴリを駆逐した。

もし、IntelのYamhillがWindows標準になり、Itanium(IA-64)と共存していたら、今とまったく変わっていたはずだ。

・IA-64とx86は互換性がないため、コンシューマ用と、プロフェッショナル用のWindowsが明確に異なり、PCワークステーションというカテゴリが確立していたはず。
・IA-64とx86の差別化のため、AtomとCoreシリーズのように、x86の64bit拡張には制限があったはず。
・IA-64は、先進的なアーキテクチャであるため、コンパイラの大きな進歩をもたらしたはず。

Athlon 64は、コンピュータの進む道を大きく変えた、CPUである。

PCパーツ回顧録の総括~90年代2000年代の変化~

2010年1月12日 (火)

PCパーツ回顧録 SGIに追いつき始めたビデオカード~FireGL 4000

今はGPUから撤退した、Evens&Sutherlandの3Dproを積んだ、プロフェッショナル用の3D CGのビデオカード。
Cybergarden_firegl4000_00

ジオメトリ  3Dpro/2mp
レンダリング Realimage 1000
ビデオメモリ フレームバッファ15MB、テクスチャ16MB
97年9月発売:498,000円

3D CGを行うNTワークステーションに搭載された、ハイエンドらしく堂堂としたフルサイズ。
当時は珍しいチップファンがついている。

OpenGLの描画は当然早く、ポリゴンがぬるぬる動いた。
ただ、Windows標準のOpenGLのスクリーンセーバは、なぜかMillenniumより、遅かった。

Evens&Sutherlandは、三菱と関係が深かったので、ビデオカードに載っているチップはほとんど三菱製。
こんなに大きな三菱製のチップは、かなり壮観で、三菱好きには、たまらんだろう。
Cybergarden_firegl4000_03

裏面に、2Dの描画用に、CirrusLogicのGD-5446を載せているので、発色がとても正確。
Cybergarden_firegl4000_02

CirrusLogicは、ビデオチップから撤退したが、変に強調しない正確な発色で、プロフェッショナル向けだが、正確な発色ゆえに、地味な印象だった。

さて、90年代後半、FireGL4000、Intense3D、Gloriaなどのプロフェッショナル用のビデオカードを搭載した、NTワークステーションが、SGIをリプレースし始めた。
NTワークステーションという言葉のとおり、UNIXのワークステーションが衰退していく。
※SGIは、NTワークステーションを99年4月に販売開始。

UNIXが占めていたプロフェッショナルの領域に、コンシューマベースが進出していった、業界の構造転換を象徴するビデオカードだ。

PCパーツ回顧録の総括~90年代2000年代の変化~

2010年1月 5日 (火)

PCパーツ回顧録 業界の構造転換の奇跡~Permedia2

3D labsの第二段。
コンシューマ向けGPUとして、唯一ヒットしたGPUであるPermedia2。
ビデオメモリ8MBで、Gloria L/Mにも載っているGlint Delta相当を内蔵したワンチップ構成。
Cybergarden_permedia2_02





ただ、Gloria L/MのGlint Deltaがあんなに大きいのに、どうして収まるのか、ちょっと不思議。
そんなにGlint Deltaのプロセスルールは古かったのか。

しかし、Permedia2はヒットしたが、後継のPermedia3は、以下の理由で、続かなかった。

1.DirectXの進歩に対応できなかった
DirectXはプロプライエタリなので、MicroSoft、nVidia、ATIの開発力があれば、どんどん進歩する。
3D labsは、OpenGLの規格にあわせて、GPUやドライバを提供してきたので、そのスピードに対応できなかった。

2.DirectXのパフォーマンスがあがらなかった
3D labsは、DirectXへの関わりは弱い。
ハードウェアの実装とあわせて、DirectXを機能追加している、ATIやnVidiaとは異なる。
ハードウェアとAPIを一緒に作るのと、APIにあわせてハードウェアを作るのとでは、当然、パフォーマンスに差が出る。

プロプライエタリな規格なので、アーキテクチャや実装の技術力だけではなく、ビジネス関係の強弱がパフォーマンスの強弱に現れる。
これは、S3やMatroxにも当てはまる。

3.パフォーマンスリーダがプロフェッショナルからコンシューマに変わった
コンシューマ用のパフォーマンスが、プロフェッショナルを上回るようになったことが最大の原因だ。
3D labsだけでなく、プロフェッショナル向けの企業は立ち行かなくなった。
グラフィックス業界では、パフォーマンスリーダが、SGI→OpenGLの普及に伴うNTワークステーション→コンシューマGPU、と移り変わった。

そして、3D labsはNTワークステーションのビデオカードのベンダである。
Permedia2は、DirectXの普及期にタイムリーに実装できたので、NTワークステーションのパフォーマンスをコンシューマへ展開できたのだ。

このプロフェッショナルからコンシューマへのパフォーマンスリーダの変化は、業界に大きな構造転換をもたらした。

GPUだけでなく、CPUにも当てはまる。CPUの方が、わかりやすいかもしれない。

PCパーツ回顧録の総括~90年代2000年代の変化~

2010年1月 3日 (日)

PCパーツ回顧録 Gloria L/M

今は亡き3D labsのGPUを使った、ELSA製の3D CG用ビデオカード。

Cybergarden_gloria_l






私は、昔、CGをやっていたので、ビデオカードにはこだわった時期があった。

このGloria Lは、ラスタライズにGlint MX、ジオメトリエンジンに簡易型のGlint Deltaを積んでいる。
Cybergarden_glint_deltajpg
ポリゴンの頂点を変換する浮動小数点の演算を、ジオメトリ演算と呼び、CPUで行うとかなり負荷が掛かる。
同次座標系という、4行4列の行列に三角関数を当てはめて計算する。高校の代数・幾何の一次変換と同じ。

なので、CGをやるには、OpenGL対応のジオメトリエンジンを積んだビデオカードが必須だった。
Gloria L/Mに載っている、Glint Deltaは簡易型で、ジオメトリエンジンとは言い切れない。
Glint Gammaがジオメトリエンジンであり、それを載せたビデオカードは、Gloria-XLになって高価だった。

ちなみに、ジオメトリエンジンとは、シリコングラフィックスが名付け親。
ゲームの世界では、ハードウェアT&Lと呼んだ。

さて、Gloria L/MのRAMDACは、IBM製のいわゆるブルーDAC。ビデオメモリもIBMというブランド品である。
Cybergarden_gloria_l04
メモリは、ビデオ用に8MBとZバッファ用に8MBの16MBだったと思う。

私は中古で購入したのだが、そんなに速くなく、あまり使わずに交換してしまった。

ただ、nVidiaというか、ELSAで素晴らしいのはドライバである。

OpenGLをアクセラレーションするには、GPUに直接命令を送るための、Installable Client Driver、ICDが必要だ。

Windowsは、クライアント側のグラフィックの命令をOSが変換して、カーネル側のビデオカードのドライバに送る。
XPまでは、Device Driver Interface(DDI)により変換する、VistaからはWDDMで行う。
Vistaからは、ICDに加えてクライアントモードという一階層が増えた。

少なくともNT3.51からXPまでは、ICDからカーネルのドライバへ、OpenGLの命令を直接送る橋渡して、DDIをバイパスし、アクセラレーションする。
DirectComputeでも、DXGIというWDDM1.1をバイパスする仕組みが、DirectX11から提供された。
同じことだね。

なので、GPUがOpenGLに対応していても、ICDがないとアクセラレーションされない。
そして、このICDを作るノウハウを持っているのが、プロフェッショナルCG向けのQuadroを提供するnVidiaと、FireGLを提供するATIというわけ。

PCパーツ回顧録の総括~90年代2000年代の変化~

2010年1月 2日 (土)

PCパーツ回顧録 自作の醍醐味~DC-390F

Hermitage Akihabara連載のPCパーツ回顧録へのオマージュ第3弾。DC-390F。

そう、コンピュータの最大のボトルネックは、今も昔もディスクアクセス。

昔のパソコンではPIOといって、CPUがディスクアクセスを管理する。
だから、ディスクアクセスするとCPUの割り込みが発生しアプリケーションが止まる、遅くなった。
おまけにIDEは遅かった。

これを、SCSIを使うことで、一気に解決する。
SCSIはバスマスタになので、CPUの負荷も分散され、ディスクアクセスそのものも高速になる。

SCSIはマッキントッシュでは標準だが、DOS/Vでは、高価なSCSIコントローラやHDDを必要とする。

当時はUltraWideSCSIが最高速で、SCSIコントローラの代表が、AdaptecのAHA-2940UWと、このDC-390F。
もちろん、他にもコントローラはあるが、SCSIのHDDをブートディスクにするためには、SCSI BIOSが必要で、安いカードにはもちろん載っていない。
だから、お金がある人は2940UW、ない人はDC-390Fを選んだ。
2940UWは憧れだったが高くて買えず、DC-390Fを購入。
※10年後、2940UWが200円や600円になるとは思わなかった。


パッケージはみんな共通

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チェックマークで識別。この辺、自作って感じ。

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DC-390Fの全景

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インターナルが、UW-SCSIとFastSCSI

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エクスターナルがUW-SCSI。はっきり言って繋げるものが何もなかった。だからインターナルのFastSCSIを外だししてZIPなどつなげた。

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DC-390F、というか、UW-SCSIは、とてもディスクアクセスも高速で、CPUの処理もとられず、とても快適だった。
ディスクアクセスは体感速度の向上に直結する。
ただ、SCSIは、Adaptecが自分の縄張りに固執したことが、裏目に出て、コンシューマの主流にはならなかった。

確かにSCSIは主流にならなかったが、市井で売られているパソコンと明らかに違う体感を得られて、自作や増設の醍醐味だった。

また、体感速度に直結するのが画面描画である。
Vistaでは画面描画が遅かったことが不遇の元凶だった。
ただし、Window一つ一つにメモリを割り当てるVistaの思想は、決して間違っていない。

PCパーツ回顧録の総括~90年代2000年代の変化~

PCパーツ回顧録 Intelを支えた不遇の名機~PentiumPro

hermitage Akihabaraで連載されていたPCパーツ回顧録にもあるが、私もPentium Pro 200MHz/L2キャッシュ256KBを回顧

Pentiumpro01





PentiumProは最初のP6アーキテクチャであり、32bit時代の幕開けでもある。しかし16bitが遅いという、どうでもよい理由で不遇だったCPUだ。
という解説は、たくさんあるので割愛。

PentiumProの本質は、32bitであること、RISCに対向するP6アーキテクチャであることだ。
本質的でない瑣末なことを、揚げ足を取るように批判するのは、ひねくれ者であり、へどが出る。

実際に、P6アーキテクチャのできはよく、PentiumIIIまで使われた。

というわけで、私は、このPeniumProに非常に愛着があり、捨てられない。
また、とても大きなCPUである。DX4と比べると大きさがわかる。

以外に無い裏面も写す。

Pentiumpro02





ちなみに1個、10万円ね。
イマドキのCPUで、10万円はナカナカしないが、昔は高かった。

Pentiumpro03





そして、このマザーボードは、ATXではなく、AT。
電源やキーボードのコネクタが違う。

ATコネクタはDIN6ピンとも言う。PS/2の変換コネクタはまだ売っているかも。

黒いスロットはISAバス。白いのはおなじみPCI。茶色は共用。

チップセットは440FX。PentiumProを普及させるきっかけになった廉価版のチップセット。
それまでは450GXという高価なチップセットでありサーバ用のマザーボードにしか採用されていなかった。

そしてメモリは72ピンのSIMMが4スロットで、32MBで埋めて、当時としては、大容量の128MBメモリ!!

この頃のATマザーボードにはオンボードのマウスさえ無い。
サウンドカード、SCSIカード、ビデオカード、ネットワークのLANカードを増設するので、スロットは全部埋まる。

PentiumProで、もっとも強烈なマザーボードが、AMIから発売された「Goliath」(ゴリアテと読む。ゴライアスではない)
PentiumProが4個載って、110万円、マザーボードが70万なんて信じられなかった。
5、6万円くらいかな、と思って買いに行ったら、桁が全然違った。ちょっと高すぎ。

PCパーツ回顧録の総括~90年代2000年代の変化~

2010年1月 1日 (金)

PCパーツ回顧録 失われた千年王国~MGA Millennium

新年早々、回顧とは矛盾しているようだが、hermitage Akihabaraで連載されていたPCパーツ回顧録と、私の所有パーツがよくかぶったので、私もやってみる。

第一回目は、栄光のビデオカード、千年王国、MGA Millenniumだ。

MGAとは、Matrox Graphics Acceleratorの頭文字だから Matrox MGA Millenniumと言うと、Matroxがダブるよ。

とにかく速さと映像の鮮やかさが、魅力的。
色の正確さというより、記憶色というか、イチゴの赤はこの赤だった、綺麗な海の青はこの青だった、そんな記憶がある。ガンマ値や彩度を高く設定していたのかも。
Matroxの栄枯盛衰は語られているが、Millenniumの成功を活かせなかったのではなく、DirectXへの移行についていけなかった。
対象的なのが、DirectXの申し子であるVoodoo、いまのnVidiaだ。
この頃の、3Dは、OpenGLかDirectXか、で二分されていたが、それは次回。

これがリテールボックス。キャラクタなど使っていない硬派なデザイン。
Cybergarden_millennium00






リテールボックスの裏面。比較の対象にImagine 128がある。

Cybergarden_millennium01






同梱物の一覧。マニュアルに、おまけソフトのCD-ROM。DVDはまだ存在しないよ。
Cybergarden_millennium02






これが、2064WというMillenniumのGPU(という言い方はなかった)。ヒートシンクは最初から付いていません。
Cybergarden_millennium03






後継機のMystiqueが低位のモデルだったのがいけなかった。
当時お金がなかったので、ビデオメモリはなんと2MB。さすがに今は使えない。

PCパーツ回顧録の総括~90年代2000年代の変化~